他の兵士達

 一方で掘りかえされる黄土は、他の兵士達の手によって、麻袋《マアタイ》に、つめられる。 兵士は顔を洗うひまもなかった。頑丈な、蟇《がま》のような靴をぬいで、むせる[#「むせる」に傍点]足を空気にあてるひまもなかった。部署につくと同時に作業は初まった。 黄土にふくらんだ、麻袋は、工場の前へ、はこばれる。一ツ一ツ積み重ねられる。見るまに土嚢塁が出来上ってしまった。五分間の休憩もなかった。 別の一隊は、どこからか徴発して来た丸太を打ちこんで、土嚢塁の外側へ、四重に鉄条網を張りめぐらした。 街路には、もっと太い丸太を組み合して、拒馬を作った。鉄条網は、工場の周囲から、遠くの街路に添い、街路を横切ってのびて行く、S銀行には、丸い、瓦斯タンクのような歩哨の土嚢塁が築かれた。 製粉工場も、福隆火柴公司も、土嚢塁と鉄条網と、武装した兵士によって護衛された。 支配人の内川は、中隊長や、中隊附将校にお上手を使った。営々として作業をつゞける兵士たちの方にもやって来た。作業の邪魔をしながら、軍隊でなければならんと思っている、その意思を兵士達に伝えようと骨折った。 次は、周囲の範囲を拡大した区域の守備工事だ。土嚢は作るそばから、塀のように、又、別の箇所へ積み重ねられる。いくら作っても足りない。警戒巡視に出る人員がきめられる。歩哨がきめられる。当番卒がきめられる。炊事当番がきめられる。不寝番がきめられる。「おやッ、俺の上衣を知らねえか?」 柿本の組で作業していた上川が、猫のようにアカシヤの叉《また》にかけられた他人《ひと》の軍衣をひっくりかえして歩き出した。巡邏隊の一人として呼ばれた男だ。黄土のほこりに襦袢が、カーキ色に変ってしまっていた。アカシヤの枝から、アカシヤの枝を、汚れた汗と土の顔を上にむけて、やけくそにたずねだした。無い。兵士が揃うのを待っている引率の軍曹はさん/″\に毒づいた。 上川は、一度しらべた他人の被服記号をもう一度、汚れた手でひねくった。

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