軍隊

[#5字下げ]一七[#「一七」は中見出し]

 軍隊は、工場の寄宿舎の一と棟に泊まっただけだった。 職工には、何等干渉しなかった! それは坂東少尉が注意した通りだった。 隊長も、士官も、武士|気質《かたぎ》を持っていた。軍人が労資の対立にちょっかいを入れることを潔《いさぎよ》しとしなかった。 それにも拘らず、軍隊が到着した、その日から、工人の怠業状態は、鞭を見せられた馬のように、もとの道へ引き戻されてしまった。 監督と、把頭の威力は、以前に倍加した。 下顎骨が腐蝕し、胴ぐるみの咳をする小山は、自分の背後に控えている強大な勢力を頼もしく意識した。その意識は、棍棒の暴威を、三倍も四倍にも力づけた。 把頭の李蘭圃《リランプ》は、平《ひら》工人よりは、一日に二十三銭だけ、よけいに内川からめぐんで貰っている。それだけの理由で、この支那人は、自分が日本人であるかのように、カーキ色の軍隊が、自分の保護者となり、自分の勢力となり、自分の樫の棒に怨《うらみ》を持つ、不逞の奴等や、回々《フイ/\》教徒を取りひしいで呉れるものと、一人ぎめにきめこんでいた。工人達をなだめたり、すかしたり、おどかしたりした。内川や小山のために、スパイの役目をつとめるのも彼だった。囮《おとり》の役目をつとめるのも彼だった。 兵士達は、工人のやることには、なんらの干渉をもしなかった。しないつもりだった。のみならず、工人を守った。そして、工場を守った。しかし、それでも工人は、軍隊に庇護される感じは受けずに、威嚇されるのだった。 兵士は守備区域の作業をつゞけた。街路には、縦横無尽に、蜘蛛の巣のような、鉄条網が張りめぐらされた。辻々には、ゴツゴツした拒馬が頑張った。

— posted by id at 09:04 am  

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