旅団司令部

 旅団司令部と、大隊本部の間は、急設電話によって連絡された。大隊本部と、歩哨線も、緊密に連絡された。兵士は、命令一下、直ちに武器を携えて、戦闘に応じ得る状態の下に置かれた。 辻々では歩哨が、装テンした銃を持って往き来する支那人を一人一人厳重に誰何《すいか》した。 僅か、一昼夜半の間に、市街は、すっかりその風ボウをかえてしまった。やにわに、平常着《ふだんぎ》の上へ甲胃をつけたように。 拒馬は、にょき/\とした二本の角を街路の真中に突ッぱっている。機関銃は、敏感な触角のように、土嚢塁の上に、腕をのばしている。工場も、塀も、社宅も、すべてが、いかめしい棘だらけの鉄によって庇護されている。 日本軍人の労働能率の高いことに眼を丸くしたのは、支那人だけじゃなかった。兵士達自身が、綿々と連続せる鉄条網と、万里の長城のような土塁を見かえして、われながら、自分の作業の結果にびっくりした。これが、支那兵を撃退するためと、ブルジョアの工場を、かためるために作られたとは云え、自分が拵えた器械を見て嬉しいように、嬉しかった。これが、俺れたちの工場を守るための武装だったらなア! 司令部の阪西大尉は、土嚢塁の出来上った成績を点検した。敵が押しよせて来る方向を考察した。完全無欠のものからも、なお、アラを探し出して一言せずにいられないのが阪西だ。完全、非の打ちどころのないものは、その完全であることが欠点となった。あまりに完成せるものは、完成せるが故に、それ以上発展性がないとの理由から。「こゝは、津浦《しんぽ》線の界首《かいしゅ》駅から真一文字だ。まず、こゝへ、南軍が、全力をあげて殺到して来るものと見なければならん。」彼は、ほかの将校、下士を従えて南西角の土塁にまわって来た。「末永中尉、これで、こんなひはく[#「ひはく」に傍点]な土嚢塁で、幾万の敵を支え得ると思うかね。千の敵をも支え得ると思うかね。どうだね?」「は。」「敵は、敵だ。向うから戦闘をいどんで来るものと見て差支ない。……よし、やり直し! この一倍半の高さと、二倍の幅と、三倍の長さと、倍の機関銃を要する。」「は。」

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