西南角の土塁の彼方

 西南角の土塁の彼方には、遙かに、草原と、黄土の上の青畑と、団栗《どんぐり》や、楢や、アカシヤの点々たる林が展開していた。霞んで見える。いつも、ほっついている山羊の群れもなかった。――百姓が略奪を用心してかくしたんだろう。階級が一ツちがっていても、いいだくだく[#「いいだくだく」に傍点]と、命令を聞かなければならないのが軍人だ。意見を開陳することは許されなかった。末永中尉は軍曹に命令した。軍曹は兵卒に命令した。土嚢塁は、四重の鉄条網をひッぺがしてやりかえられだした。「もっと、もっと、ここまでのばせ!」 末永中尉は、やかまし屋の阪西の顔色を伺いながら、目じるしに、大地へ靴で疵《きず》をつけた。この一角を特別に堅牢にすれば、堅牢でない他の部分に敵の攻撃力は集中されるだろう。そして、そこが崩壊するのだ。と彼は考えていた。「土は、ここから取れッ! そのアカシヤは邪魔ものだ。折ッちまえ! チェッ! その拒馬は、こっちへ持って来る。」彼は、自分の考えは、おくびにも出さず、兵卒に指揮をつゞけた。「……もっと、もっと、円匙《えんぴ》と、つるはしを持って来い。出来ていないのはここだけだぞ! おそい! 振角伍長! そう、そんなことをしていないで!」 青年訓練所を出た奴が、一年六カ月で、帰休になると喜んでいた。それが出兵で、帰休は無期延期だ。べそをかいた、その連中が、中尉の叱るような命令に、はい/\して、セッセと働いた。働き振りが目立った。 償勤兵の高取は苦笑をしていた。柿本は、普通にやった。「そうだ、この倉矢や、衣笠などの働き振りをみんな見習え! 十分|鶴嘴《つるはし》に力を入れて!」特曹は、訓練所出の一群を指さした。「高取! もっとしッかり麻袋にドロをつめる!」「特務曹長殿! この袋の鼠の喰った穴はどうするんでありますか。藁を丸めてつめて置きましょうか?」「うむ、うむ、そうしろ。」 口の曲った特務曹長は、同じ訓練所出の松下に、満足げに頷《うな》ずいて見せた。 又、ほかのが、向うの方で、何か、ゴマすっていた。

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